【第8話】期待を捨てて「自分を幸せにする」ことを選んだ私の結婚観
まだ新婚の頃。
テレビで結婚したてのタレントさんが、隣の奥さんを見ながら、とても嬉しそうに話をしています。「この子、缶切りで缶を開けられないんですよ。そこがね、とても可愛いなって思って。ずっと一生、僕が缶を開けてあげたい、と思ったんです」
微笑ましい、優しいやりとりでした。奥さんは、恥ずかしそうに嬉しそうにしています。
補足しますと、この時代は缶切りという道具がないと、缶は開けられませんでした。ちょっとコツがいるんです。今はほとんど、パカっと開くようになっていますよね。
で、一緒にそれを見ていた夫は、ぽつりと言いました。
「いやー、俺は無理。そんなことまでできないし、やらないなぁ」
まだまだ可愛かった私は、心の中でこう思いました。
「あなたは仕事が大変なんだから、それでいいよ。私は缶切りを使えるし、できないことはやれるように頑張るから。」
その決意を貫いた私は、どんどん夫を頼らなくなり、そして、完全に自立してしまいました。
経済的には、依存してますよ。でも、心は、精神は、自立したと思います。
逆にいうと、精神的に自立していないと、この人と生活していくことはできなかった、と思います。
そういえば、夫は結婚してすぐに言ってました。
「俺は仕事をがんばるから、家のことを頼む」
まさに役割分担。私はこれを守った、ということになります。
夫は、子供の入学式や卒業式には、来たことがありません。時代もありますね。特に上の子のときには、周りの方もご主人と一緒に来ていることは稀でした。だから、夫がいなくても別にめずらしくなかったですよ。
まあ、大学ぐらいのときは、両親と祖父母が来ている方もおられましたけど、私は、あまりそれを求めませんでした。本人が行きたいというなら、もちろんそれを止めたりはしませんけど、言われたことなかったですね。とにかく、仕事人間。24時間戦ってる営業マン、でした。
だから、子どももそれが普通で、私もそれが普通になってました。
そういった価値観だった、と思います。
今の、ご夫婦での協力する子育てを否定する気持ちは、まったくありません。
私は、自分はこうだった、こうするべきだった、と思っているだけですね。
考え方がある程度似ている、というか、話し合いながら解決できる関係ならば、協力して子育てできると思います。そのほうがいいだろうなと思いますが、私にはなかったことなので、正直あまりわからない、ですね。
ご主人自身が、お子さんの晴れ姿を見たいと思っているかどうか、そこも大切と思います。うちの夫は、それにはあまり興味なさそうでした。家にいれば会えるし、わざわざ見に行かなくても、話を聞けば十分、という感じ。
元気に育っていることを心から喜び、子どもへの愛情はしっかりありました。それはわかっていたので、子どもへの愛情がちゃんとある前提での私主体の子育て、といった感じです。
私と夫は、たとえば子育ての相談でも、そこまでたどり着くのに、結構大変なんです。すんなりわかってもらえる案件もありますよ。でも大前提として、現在の子育ての状況を夫は知らない、という状況がありましたから。
節目の大きめの相談などは、いつ話しかければいいか、どこまで説明すればいいか。
どうしても話が長くなるのですが、それが夫は苦手のようです。
私はそんなつもりはまったくないのに、なぜか逆ギレされることもありました。
だから大切な話のときは気を使います。
そしてそもそも、家にいない。話ができるのは、朝6時前と、夜中の12時すぎ。
朝は私がぼんやり、夜は夫がぼんやり。
日曜も、月に一度の休みは、ゴルフへ行ってることが多かったです。
現実的に、ゆっくり話し合うのは難しい状況でした。
今はいいですよね。LINEがありますもの。メールより気軽で、すぐ確認できる。大切な用件も、どこかへ紛れ込まない。だから、今は私は夫に用件を伝えるときは、面倒でもちゃんと文章にして、LINEで伝えるようにしています。推敲もできますしね。
子どもが生まれて数年後に、大喧嘩して夫が三日間帰ってこなかったことがありました。原因は忘れました。覚えていたら、ここに書けたのに残念。
あのとき、LINEがあったら楽だったのに。既読になるだけでも、無事がわかりますから。
まあそもそも、携帯電話がない時代でしたので、無理でしたね。
そうして私はだんだんと、自分で段取りを組み、生活を回し、事後報告するようになりました。夫は相変わらず仕事をして、ちゃんとお給料を渡してくれる。
そのほうが、お互いにとてもいい感じ。まさに役割分担です。
二人で協力しあえない寂しさ、もちろんありましたよ。でもそれよりも、何か言われて傷つくほうが、もっといやだったのです。だから、生活を整えました。自分が削られない生活を、つくっていこうと思ったんです。
結婚記念日。そして、私の誕生日。
当日に何かをくれたのは、三年目ぐらいまでかな。
今は、日も忘れていると思います。忘れるのが、特技ですからね。
月ぐらいは覚えていますけど。
今の私は、自分の誕生日は、自分に贈り物をするようにしています。誕生日の数ヶ月前から、今年は何にしようかなって決めて、自分にプレゼントします。
それを悲しい、と思うでしょうね、若い方は特に。
私も、もう少し私に関心を持って欲しい、と思っていましたよ。だけど、求めるとさらにがっかりして、悲しい事態になるんです。言葉のすれ違い、ボタンの掛け違い。
私のことはどうでもいいんでしょ、と責めたことももちろんありますよ。
そんなわけない、と必死で説明し、忙しかったから、と弁解する夫。
何度それを繰り返しても、結局あの人は、忘れてますから。
もう私は、そのシチュエーションにも飽きました。
結婚記念日は、今は自分から夫へLINEします。
「おはようございます。今日は35回目の結婚記念日ですね。いつも私たちのためにありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。」
仲良くしようね、とか。
たまには家族に時間を使ってください、とか。
そんなことは、書きません。近年、非常に事務的になってきました。
そのほうが、私が楽なんですよね。なんでだろう?
返事への熱量を、期待しないほうが楽だから、かな?
その上での、自分へのプレゼント。
毎年、どれがいいかなって、選ぶのは本当に楽しいです。
夫からの意思表示がない、行動が伴わない。
それを愛情が枯渇したと受け取っていると、悲しくてやっていけないです。
「自分で自分を幸せにする」
「夫に期待することを、限定する」
まあ夫が稼いだお金だし、もらったようなものだ、と解釈することにして、プレゼントを強制的にもらう形をとりました。これも、私にとっては生活の工夫の一つ、ですね。
▼胡桃の独断によるMBTI的分析
優しいご主人と生活されている方には、なんと殺伐とした結婚、と思われていることでしょう。
殺伐でいい、それでも子どもたちのために続けよう。私がそう、決めたっていうのはありますね。そこは否定できません。
性格が合わない、考え方が合わない。
そこには、いろいろなバリエーションがありますよね。
MBTIを知ることで、こうやったらいいのかも?というアイデアも生まれます。
私は、求めないことを心がけました。お金以外は。
だから、構われるのが嫌いな生粋の自由人な夫のほうも、やっていけたのだと思います。
そもそも、ベタベタに甘い結婚は、私には向いていないと自認しています。
冷静で、現実的で合理的。それが私なのですね。
私のほうも、INFJで乙女座という特性を、遺憾なく発揮しておりますので。
そんな二人が、35年も一緒にいるのは、どこかに工夫がないと難しいです。
だから、工夫しました。
あの人も、我慢はしたんでしょうね、おそらく。思いつくところがあまりないけど。
これからこの組み合わせで生活されようと思われる方がいらっしゃったら、夢も希望もない話で本当にごめんなさい。
でも、ある意味これも幸せですよ。幸せは、いろいろ。
そうそう。夫が昔、言ってました。
「幸せは、自分でつくるものだよ」と。
そのときは名言っぽく思いましたけど、今思うと、都合の良い言い訳みたいで腹が立ちますね笑。